
ハイエクの「隷属への道」を最近になって読み始めたのですが、これが実に面白い。
50年以上前に発表されたものであるにもかかわらず、まるで現在の日本について描かれているようです。
「・・・市場体制への介入によって十分な保障を提供しようとすればするほど、経済的不安定は大きなものへとなっていく。
(中略)
そしてその保障が特権となればなるほど、それから排除される際の危険は致命的なものとなっていき、保障の価値はますます貴重になる。
(中略)
所得を与えてくれるのは、もはや自主独立ではなく、国家や特権的産業が与える保障である。
(中略)
若くして特権的サラリーマンという安息の地へ入ることを拒否された人々は、ルンペン同然の恐るべき不安定な状態で一生過ごさざるを得ない、というわけである。」
・・・繰り返しますが、これは現在の日本について書かれた本ではありません、ある特定のグループに、特権的な地位を与えるということはどういうことなのか、それを支える思想はどういうものなのか、そしてその結果どういう事が起きるのか、について論じた本なのです。
新卒で就職できなかった人間がなぜこうも再就職するのが難しいのか。何故、終身雇用制が一般化する以前は不人気だった公務員や教師といった職種がここまで人気なのか、普段はあまり考えることが無い事なのですが、よく考えるとある重要な事実がそこに示されていることが分かります。
それは「社会全体が単一の巨大工場のように組織された時どのようなことになるのか(ハイエク)」という命題にたいする回答であり、そこにあるのは「兵舎における保障」すなわち、
損失も利益も彼個人のものでないのと同様、地位や報酬の決定も彼個人の判断がどうであったかに拠って成されるのではなく、ある与えられたルールに従って成すべく定められた事を、遂行したかどうかによっている。
(中略)
彼の経済的保障は上長の満足が得られている限り確かだろうが、この保障は、生命と自由の安全と引き換えに得られているものなのだ。
共産主義社会では、クビになることはすなわち死を意味することは、北朝鮮を見ればわかることですが、同じように、終身雇用制によって地位の安定が保たれている社会でも、何らかの原因によってそこからドロップアウトすればそれはすなわち、社会的な死を意味するわけです。そのために人々は向き不向きや、その仕事をやりたいかどうかとは関係なく、ただ安定のみを求めて仕事を選ぶようになっていくのです。
ちなみにこちらが2007年度の日本の年齢階層別の金融資産保有割合です、20代と30代あわせても全体の6%程度です、さらにこのグラフには、ローン等の負債は入っておらず、それも入れれば30代以下の世代には借金しかありません。

画像とデータはこちらから拝借しました。終身雇用と年功序列の偉大なる成果と言えますが、老人の貯蓄は昔から大きいものだとしても、これは少々異常です。本来、年功序列制は高度経済成長とセットでないと意味が無いのですが、低成長の時代になってもこんな制度を維持していれば、収入を全て上の世代に吸い上げられて当然になるわけです。
さて、これが漫画の話とどう繋がるのかと言いますと、やはり再販制度の弊害といった類の話となるわけですが、
半分近い本が読まれずに返品されて尚、成り立っている市場というのが、ピコ手の同人サークルの話ではなく、利益を目的とした商業出版での話というのが異常でなくて何というのかと言う訳です。
ピクシブを始めてから改めて痛感したのですが、最近の同人誌と商業誌との違いは、まるで共産主義国家と資本主義世界の違いを見ているかのようです。
一般の書店に行っても欲しい本は殆ど売っておらず、品数も少なく、しかもどの書店でも似たり寄ったりの品揃えで、それなりに品数の揃ったところを探せば東京まで足を伸ばすかアマゾンに注文するかしかありません。それでも見付かればまだましで、大抵は無駄足に終わります。
再販制度を支える思想とは実のところ、全体主義国家のそれとほとんど変わるところがありません、すなわち、「あらゆる個人を同一の目標へと向けて操作するように、また、全ての人々の心に全体主義特有の「統制」を課すことができるように」(ハイエク)
再販制度は制度それ自体を守りはしますが、(彼らが言うような)本だの文化だのは守ったりしません、ブロックブッキング制が日本映画をすっかり駄目にしてしまったのと同様に、再販制度は商業誌の質をどんどん低下させていると思います。
さらに、これらと同じように、「終身雇用の正社員」という制度もいまや、それ自体を守るためのものと化しており、ハイエクが指摘したように「隷属への道」をまっしぐらに進んでいるようにしか私には見えません。
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